愉快系

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イノベーションを起こす方法

『イノベーション』という言葉をよく聞くようになって久しいです。『iPhone』や『もしドラ』がはやりだしたころからのように思いますが。

ちなみにウィキペディアによるイノベーションの意味はこちら

 

例えるならケータイ端末。二つ折りとかスライド式とかのガラケーばかりだったところに、iPhoneが出てきた、という状況をさしてイノベーションと呼べるかなと。

テンキーをなくす、タッチパネルにする、あたかもコンテンツに触れているかのように操作性を演出する……などなどは、ガラケー開発の延長線上では考えられなかったわけで、まさにイノベーションと呼べるでしょう。

 

さて、『イノベーションをいかに起こすか?』的なオーディオブックを聞いてて、ふと思ったのです。

イノベーションって、起こそうと思って起きるものなのかな?──と。

 

ジョブズさんがiPhoneをひらめいたとき、「よし! 全く新しいケータイをいっちょ作ってやるか!」と考えていたのかなぁと疑問に感じます。

それよりも『ケータイ、ひいてはセカイはこうあるべきだ』という強烈な押しつけがましさ(^^;からiPhoneは生まれたのではないかな、と。

それが、ぼくたちには、想像もしなかった全く新しい製品に"結果的に"見えただけで、本人はごく自然なことだったのかもしれません。

まるっきり勝手な憶測ですが。

 

だとしたら、「イノベーションを起こそう」とか「イノベーションを起こすためにプロジェクトを作ろう」とか「イノベーションセンターに集まろう」とか「まったく新しいアイディアを考えよう」とか「とにかく何かをしてみたい」とか、そういうことが動機だと"結果的に"イノベーションは起こせない気がします。

 

そうではなくて、単純に『自分はどうしたいのか?』を考えた方がよいのではないかなと。

誰しも今の現状に不満があるわけですから、その不満を満足に変えるためには、どう行動すればいいのか?を考えてみる。

そしてとんでもないご都合主義でもいいから、「そんな都合のいいことできるはずがない」と思わずに、ダメもとでいいからとりあえずやってみる。

そうすると十中八九失敗するでしょうが(^^;、でも「やっぱりダメだった」と思わずに、「別の方法があるのではないか」と考えてみる。あるいは「こう変えたらいいのではないか?」と考えてみる。

そんな、試行錯誤の繰り返しが、気づけばイノベーションになっていた、という流れではなかろうか、と思いました。

 

なんもないところから、ポッと斬新なアイディアが出るようなことはないと思うんですよねぇ。必ず、バックグランドが必要なはずです。

それが個々人の資質に根ざしているほどに、他人からみたら突拍子もないことに見えるけれど、本人としてはそれが自然な流れに感じている。

 

ぼくは子供の頃「図画工作でメシが食えるか」と親・親戚一同総出でダメ出しされてきたのですがどっこい、まさにいま、その図画工作の資質でサイト制作を生業として、いちおうメシを食っているわけですし。と、ちくちく親にいうとぐうの音も返ってきません(^^;

そもそも大学は法学部法律科(中退)です。ITのイの字もなければ、デザインのデの字もない学部です。

で、中退してからケーキ屋さんでフリーターです。そのときに「とりあえず、パソコンで何かを作る仕事したいなぁ……ケーキでなくて」と思うに至り、あの手この手で転職活動(バイトだけど)をしたら、ひょんなことからIT系の会社に入りました。

ケーキ屋からITに転身したことなんかは、個人的なイノベーションといえなくもない……でしょうか?(^^; もちろん良い悪いでなく、向き不向きの話として。

自分の興味と資質を考えたら、「ケーキやパフェ作るのも好きだけど、もうちょっとこー、デジタルなことがやりたい」と思っただけなのですが、ハタからみたら「法学部→ケーキ屋→ITってどんなキャリアだよ?」と思うかもしれません。

っていうかキャリアに計画性がないだけともいえますが(爆) 最終的にはラノベ作家を目論んでますし。これまたキャリアパスがつながらないとよくいわれます。ぼくはITと出版って非常に親和性が高いと思ってるのですが。

 

つまり、本人が自然だと思うことでも、他人が見たら異質だと感じることが多々あるのでしょう。そこにイノベーションのカギがある、のかもしれません。

あとは、自分がうまくいったらば、その方法や製品を他人に伝えていけばいいわけで。

 

とまぁそんなことを考えてみたりする今日この頃デスタ。