愉快系

どぉでもいい感じの愉快な日常をお届け〜。具体的にはアニメ的な?

アフター・ジョブズのIT世界

ジョブズさんが死去したことで、IT業界の幕が一つ閉じたかな、と思いました。

今後は第三幕という感じ。以下、勝手な解釈と憶測デス。(基本的にITの話)

 

第一幕

ITでまず勃興したのがOSを始めとするソフトウェアでした。ここでマイクロソフトとアップルが熾烈な戦いを繰り広げ、アップルは敗退します。

しかし、世界を獲ったかに見えたマイクロソフトは、ネットワーク化に乗り遅れます。インターネットの恩恵を多分に受けたにもかかわらず。

 

第二幕

すぐにネットワークに突き進むと思われていたITは、しかし、じつはまだハードウェアが全然足りてませんでした。性能も、形状も。マイクロソフトが右往左往しているうちに、アップルがハード不足という金脈を発掘し、そして独壇場を形成しました。

形あるハードは、アップルのオハコであるデザイン性を存分に発揮できました。やはりデザインは、手に取って実感させることが一番です。画面の中で一生懸命"魅せる"よりも、モノとして触れてもらえれば一発で良さを理解してもらえます。

こうしてジョブズさんの『世界はこうあるべき』という超強力なビジョンが自由奔放に展開されました。

逆襲のiMac(^^;に始まって、『こうあるべき作品』が次々と発表されます。iPodで飛躍し、iPhoneで完成形を見ます。iPhoneがでかくなっただけとぼくも思っていたiPadは、実際使ってみると、ライフスタイルを激変させうる端末、つまりは『こうあるべき世界』の最終形なのだと思い知らされました。

おそらくは、初代iMacが発売されてからiPad2に至るこの期間が、ITが、もっとも輝き話題に溢れ楽しい時代だったのだろうと思います。

なぜなら、まったくの新しいモノが出現する最後の時代だったので。一人の天才によって成し遂げられ、そしてその偉業を成し遂げたと同時に死去しました。今後は、あらゆる業界を通してこれほどの革新的なモノは出てこないかもしれません。カイゼンはあっても。

 

第三幕

さて、ソフト・ハードと出そろったことで、いよいよネットワーク時代の到来です。

が、しかし、これからの時代は、業界的にはちょいと退屈かなと。

まず、見た目に派手なモノが登場するのではなく、いま再び、目に見えない世界のサービスの話になるから、というのが一つ。もう一つは、商売的な旨みが果たしてあるのかな?という懸念点。

 

ネットワークの中核は、検索・ソーシャル・クラウドです。これらはプラットホームと呼ばれています。今までは、プラットホームを乗っけるインフラ作りをしていたといっても過言ではないでしょう。通信インフラ含めて。

プラットホームに共通するテーマとしては『繋げること』。

検索は情報を繋ぐ。

ソーシャルは人を繋ぐ。

クラウドはデータを繋ぐ。

といったところでしょうか。

ITの原理は『メモリー(記憶)』と『マッチング(照合)』ですから、プラットホームとしてはこれ以上は出てこないのではないかなと。逆に出せたら第二のジョブズ(というかザッカーバーグ)になれますね。

 

このネットワーク時代で活躍できる企業は、Google・Facebook・amazonなどの大企業で、寡占化が進むと思われます(ニッポン企業はちょっとね……)。

ITの中小零細……いわゆるITベンチャーの入り込める余地は、ネットワーク時代のITにおいては今や限りなくゼロに近いようにぼくには見えます。ロングテールを狙うプラットホームというジャンルにおいては。

ではベンチャーは死んでしまうのかというとそうではなく、プラットホームは例えるなら『演劇の舞台』ですから、舞台の上で踊る人が必要です。つまりはコンテンツです。ベンチャーはコンテンツの担い手となるのではないかなと。

これは個人にも同じことがいえます、というより個人のほうが断然向いています。ベンチャーでも、できるだけ少数精鋭のほうがいい。数十人から百人くらいがいちばんキツイでしょう。

 

しかしコンテンツは、収益が発生しにくいというジレンマを抱えています。一般製品よりも収益化がむづかしいのです。何しろ需要がありませんから。

「いやいやマンガの売上げいくらだと思ってるんだ?」という反論もありますが、しかし、もしぼくがこれからマンガ家になって週刊誌デビューできたとして、さて、そこでぼくのマンガを読みたいと思っている読者はいるでしょうか?

何百万部と売れている週刊誌であったとしても、新人のマンガを真っ先に読みたいと思う読者はほぼゼロです。ついで読み・暇つぶしを狙って掲載されるわけです。もし『マンガそのもの』に需要があるのなら、新人だけのマンガ雑誌が売れているはずです。

つまり、人気作品から読者を引っ張って来なければならないわけです。今までは。

さらに例えると、タブレットPCを購入したいと思っている人は、欲しいことが前提でiPadやKindleやソニータブレットなど検討するので各メーカーともに可能性はゼロではありません、そもそもが「欲しい」と思っているので。しかしコンテンツの場合、顧客は、製品やメーカーではなく制作者につきますから「佐々木の作ったコンテンツが欲しい」と思う人はゼロです(゚Д゚)

ゼロスタートって、商売的にえらい大変なんですね。

しかもITは、おしなべてフリー化に向かっている。

ということはITの上で踊るコンテンツもフリー化に向かう。

そうなると、対価の対象となるのはコンテンツそのものではなく、コンテンツを媒介とするヒト──やはり制作者です。今までもそうでしたが今後はますます。

小説で例えるなら「この作家に書き続けてほしいからお金を払う」。音楽で例えるなら「あのアーティストを直に応援したいからライブに行く」。

誰もが言っていることですが、コンテンツは今後ますます細分化していくでしょうし、ぼくもそう思います。細分化するほどにカリスマ性はなくなるものの、『制作者に対してお金を払う』という友達的課金モデル、あるいは寄付金的課金モデルは成しやすくなります。

 

IT大企業は、ロングテールを束ねて、ここから数パーセントの利用料を得ることで薄利多売を展開します。一見、こっちのほうが儲かる気がしますが、まぁそりゃあ実際儲かるでしょうけれども、こっちは血みどろの戦いです。提供すべき価値が画一的ですから、ほんの数社いればいいわけです。ニッチを目指すとしても、技術が高まるほどにニッチは駆逐されていきます。だって、大企業の収益源はロングテールにこそあるんですから、利益が出るニッチは放っておかれません。唯一、手間暇かければ可能性があると思いますが、手間暇かけている時点でそれはプラットホームビジネスではなくサービス業です。

コンテンツ制作者は、利益は少ないかもしれませんが今後は棲み分けが可能になります。安直な表現をするならば『好きなことやってメシが食える』という状態が達成しやすくなります。もちろんマンガや小説を売るというだけではなく、フィギアが好きならその目利きを活かして通販サイトをやってみるとか、PC部品に精通しているなら売買サイトをやってみるとか、個人スキルに立脚しているのであれば、アイディア次第でいろいろと。別に商売だけでなく、いろんなところで同好の士を見つけて趣味あふれる生活を送ることができるようにもなります。

まぁ……趣味がない人がいちばん辛いかもしれません(^^;

 

つまりは、ネットワーク時代に成し遂げられることとは、ひとりの天才が脚光を浴びることではなく、今後は『みんなが主役になるということ』──なんて無難なまとめ方をしてみたり(^^;

まー、そんなふうになればいいなという妄想でした。